愛の定義

アフタヌーン連載中のヴィンランドサガの6巻が熱かった。

デーン人の第二王子、クヌートは、生来軟弱で女子の如く、王からうとまれ、暗殺したり幽閉したりするのも角が立って具合が悪いということで、どさくさに紛れて戦死してしまうように、どんどん苦境に追い込まれてゆく。

クヌート王子を人質にすれば金が取れるとか、出世できるとか、戦に勝てると目論んだ戦士団の抗争に挟まれて、王子の命は風前の灯火。

生まれたときから付き従っていた忠臣ラグナルも暗殺され、絶望の淵に立つ王子に、アル中の破戒僧が説く。ラグナルの王子への思いは愛ではないと。

王子は問う

『ならば親が子を、夫婦が互いを、ラグナルが私を大切に思う気持ちは一体なんだ?』

神父は答える

『差別です。王にへつらい、奴隷に鞭打つこととたいしてかわりません』

『ラグナル殿はあなたひとりの安全のために、62人の村人を見殺しにした。差別です』

神父の答えに、クヌート王子は悟る。この雪が愛なのかと。
太陽が、空が、風が、木々が、山々が神の愛そのものなのに、人の心には愛がないのかと。

非常に飛躍した抽象的なシーンではあるが、人間一般が思っている愛は、実際には非常に自分中心の、自分にとって都合が良いかどうかの尺度に基づいており、存在そのものを認める愛ではないのだという意味を僧が説き、王子が理解した瞬間として、秀逸な描写であったと思う。

愛の意味、生きること意味、戦うことの意味を知ったその瞬間に、王子は王としての自覚に目覚め、殺しあう戦士たちに、そなた達の戦いに、生と死に、意味をあたえてやろうと語りかけ、争いを収める。人々に生きる意味を与えるのが王の務めだからだと。

銃夢の中でも、戦いに明け暮れる戦士ザジが、リメイラ王女に仕えたことで、初めて自分の生きる意味、価値を実感することが出来たと語っている。

ただ力を持っているだけでは人生を生きたことにはならず、なんのために生きるのか、なぜそうしなければならないのかを主体的に意識していなければ生きる意味がない。

外から降りかかるアメとムチに、ただ反射的に反応していただけでは、人として生きる意味がない。

おそらくそういう意味ではないかと。